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山口地方裁判所 平成10年(行ウ)8号 判決 1999年7月06日

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の申立て

一  原告

1  被告が、原告に対し、平成一〇年三月三一日付け指令防土第四三―八六号をもってなした国有財産加工に係る不承認処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする.。

二  被告

1  本案前について

主文同旨

2  本案について

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  事案の概要及び争点

一  概要

本件は、山口県防府市α二七四六番の土地(以下、「本件土地」という。)を所有する原告が、本件土地上に自宅を建築するに先立ち、その南側道路から自動車の乗り入れを可能にするため、本件土地と右道路の間にある国有水路(以下、「本件水路」という。)上に幅二九〇センチメートル、長さ三五〇センチメートルの橋梁を架けることを目的として、国有財産管理権者である被告に対し、平成九年九月一六日、国有財産加工承認申請(以下、「本件申請」という。)をしたところ、被告から、平成一〇年三月三一日付け指令防土第四三―八六号でもって、本件申請につき不承認とする(以下、「本件不承認」という。)旨の通知を受けたため、右不承認の取消を求めて本訴を提起した事案である(右各事実のうち、本件不承認の事実は、当事者間に争いがなく、その余の各事実は、甲第二号証及び弁論の全趣旨により認められる。)。

二  争点

1  本件不承認は取消訴訟の対象となる行政処分か(本案前について)。

2  本件不承認が行政処分であるとした場合、処分は適法か(本案について)。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 被告

行政事件訴訟法(以下、「行訴法」という。)三条二項にいう「処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうところ、本件不承認によっても、次のとおり、原告には侵害されたといえる権利ないし法律上の利益はないのであるから、本件不承認は取消訴訟の対象となる行政処分に当たらない。

(1) 本件申請の内容は、法定外公共用財産である本件水路の上空に橋を架けるというものであるところ、被告がこれを承認しても、国有財産たる本件水路の枢要部である流水部分に変更が生じるものでない上、このことにより、原告に対し、国有財産に関して権利の設定あるいは付与が認められるものではないのであるから、国有財産法一八条三項に基づく目的外使用許可により国有財産に関して権利の設定あるいは付与が認められる場合とは異なるものと解すべきである。

かくして、本件不承認は、国有財産管理権者たる被告において、私人が本件水路に対しみだりに加工をほどこすことを防止するべく、国有財産法とは別に便宜上なすところの事実上の行為にすぎないというべきである。

(2) 本件土地は、その西側が国有里道と接しており、囲繞地とはいえず、本件水路上を対象として、本件土地に囲繞地通行権は発生しない。

また、仮に、本件土地に囲繞地通行権があるとしても、このことから直ちに、原告に、本件水路に架橋して通行する権利が発生すると解する合理的根拠はない。

(3) 本件不承認は、本件申請の手続を定めた「建設省所管国有財産管理事務の手びき」(山口県土木建築部用地課編。以下、「本件手引き」という。)に基づいて処理したものであるが、右手引きは、行政庁内部における内規であり、法令として国民に申請権を付与する効力を有するものではなく、また、国有財産法その他の法令においても、国有財産の使用希望者に対し、手続上の権利として申請権がある旨を定めた明文規定やそれを前提とした手続的な規定は存在しないことから、原告には、法律上の申請権がない。

(二) 原告

本件土地は、住宅の建築が予定された宅地であり、車による進入が当然に前提とされているが、その西側にある里道の幅員は実際には五〇センチメートルくらいのもので人の通行もおぼつかない程度の道路であることから、実質的には袋地であり、したがって、原告は、囲繞地通行権という実体法上の権利に基づき、本件水路を架橋という形で加工し使用する法的地位を有している。

よって、本件不承認は、原告の右権利又は法律上の利益を侵害ないし制約するものであり、行訴法三条二項にいう「処分」に該当する。

2  争点2について

(一) 被告

本件不承認の理由は、本件申請と、本件土地の隣地所有者の本件水路に対する架橋計画が重複する部分につき設計の調整が必要であるにもかかわらず、その調整が進まないということであり、右隣地所有者の同意がないことを理由とするものではない。

(二) 原告

(1) 被告は、本件申請につき、法定の要件でない隣地所有者の同意がないことを実質的な不承認の理由としている。

(2) 仮に、隣地所有者の同意が法定の要件であるとしても、本件土地の状況、隣地所有者の本件水路に関する使用状況及び本件水路に及ぼす影響等を総合考慮すれば、本件不承認は、被告の裁量の範囲を著しく逸脱し、裁量権の濫用である。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  行訴法三条二項の処分の取消しの訴えの対象となる「処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうちで、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される。そこで、この見地に従い、以下、本件不承認の処分性について検討する。

(一) 甲第二号証及び乙第一号証によれば、前記第二、一に掲記したごとく、本件申請は、道路法、河川法その他特別法の適用がないため法定外公共用財産といわれる建設省所管国有財産である本件水路について、その隣接地たる本件土地の所有者である原告が、自家用車両等の通行用の橋梁を設置することの承認を求めているものと認められるが、右法定外公共用財産は、行政財産の一種として、「国において直接公共の用に供し、又は供するものと決定したもの」(国有財産法三条二項二号)に該当し、原則として、私権の設定による使用収益が禁止されているのであるから(同法一八条一項)、私人には、本来、かような法定外公共用財産の使用、収益を求め得る実体法上の権利ないし法的利益は認められないものと解される。

(二) また、甲第二、三号証及び乙第一号証によれば、本件申請とこれに対する(承認ないし)本件不承認は、本件手引き中の第二編第三章加工承認の規定に基づき行われていることが認められる。

ところで、乙第一号証及び弁論の全趣旨によると、本件手引きは、国有財産法一八条三項にいう目的外使用とは別に、右法定外公共用財産である里道や水路の改修及び形態の変更等に関する運用を定めた行政庁の組織内部における規律(内規) (すなわち、乙第一号証中の「はじめに」に記載されているごとく、市町村及び県事務担当者にとっての、文字どおりの「手引書」である。)であって、法令上の根拠を有するものではないと認められる。

したがって、仮に、本件手引きに基づく承認がなされたとしても、右承認は、それを受けた者に対し、国有財産の一部を事実上使用収益することを許すにとどまるのみであり、それを超えて、何らの公法上又は私法上の権利を設定、付与するものとはいえないから、その反面で、不承認になったからといって、国有財産加工承認申請をなした私人の地位に何らの変更も生じるものではないというべきである。

(三) このように、本件手引きは、法令として国民に申請権を付与する効力を有するものではなく、他に、右加工承認の規定に基づく申請に関して、国民に申請権があることを根拠づける法規は存しない。

したがって、本件不承認を本件申請に対する拒否行為としてとらえることができたとしても、申請人たる原告に法令上の申請権が認められない以上、これにより、原告が有する権利又は法的利益に何らの影響を与えるものではないこととなる。

(四) なお、原告は、本件土地が実質的に袋地であるから、その所有者である原告には、囲繞地通行権に基づき本件水路に架橋する権利ないし法的利益があると主張するが、仮に、右囲繞地通行権が認められるとしても、前記第三、一1(二)で検討したところに照らした場合、これをもって、右架橋に係る権利あるいは法的利益を認めることに結び付くものではないと思料されるので、右主張は失当といわざるを得ない。

2  右に検討したところによれば、本件不承認は、これによっても、申請人たる原告に認められているその権利又は法的利益に何らの影響を及ぼすものとはいえないから、行訴法三条二項にいう「処分」に該当せず、したがって、取消訴訟の対象となる行政処分に当たらないというべきである。

二  よって、本件訴えは、不適法であるから、争点2につき判断するまでもないところである。

第四  結論

以上により、本件訴えはこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法六一条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石村太郎 裁判官 阿多麻子 裁判官 坂上文一)

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